沖縄のお葬式のちょっとビックリな事情

本州とは異なる文化を持つ沖縄には、ちょっとびっくりな風習やしきたりがたくさんあります。その中には、もちろんお葬式に関することも…。意味が分かると納得できる、ちょっとびっくりなお葬式事情を紹介します。

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普通のオジー・オバーのお葬式でも会葬者500人?

葬式

横のつながりを非常に大切にする沖縄では、お葬式に参列する人の範囲もかなり広い!

亡くなった本人のことを直接知っている人が参列するのは、沖縄でなくてもどこでも一般的なこと・・・。ところが、ここから先の参列の範囲が、沖縄ではとんでもなく広いのです。

親戚関係

たとえば、親戚の範囲。

沖縄では、門中(方言ではムンチュー)という血縁集団があるのですが、これは始祖を同じくする父系の血縁集団のこと。

この門中の結束力は非常に強く、たとえ亡くなった本人のことを知らなかったとしても、同じ門中であれば、お葬式にも参列するのが基本です。なので、大きな門中に属していると、それだけでも多くの人がお葬式に参列します。

友人関係

次が、友人関係。

沖縄の一般的なお葬式では、お葬式の告知を一般人が新聞広告を使って行います。これが、いわゆる「黒枠広告」というものです。

沖縄で仕事をしている限り、毎朝新聞の黒枠広告を確認するのは常識

なぜなら、黒枠広告には、亡くなった人の遺族や親族の名前がずらりと並んでおり、そこに知り合いの名前を見つけたら、お葬式に参列するというのが一般的だからなのです。

職場関係

最後が、職場関係。

沖縄では、同じ職場に働く人が亡くなった場合はもちろんですが、その人の2親等以内(親・子ども・祖父母・兄弟・孫)にあたる人物がなくなった場合も、本人がなくなった場合と同様に香典を持ち寄り参列します。

もちろん、勤続年数や就労の形態によって多少の事情は変わりますが、少額でもみんなでお金を出し合って香典を出すのが一般的です。


ちなみに沖縄では、実際にお葬式に参列する人の数を、会葬者数とは計算しません。

香典返し

何故なら、「香典の数=会葬御礼の品物を受け取る人」の人数を「会葬者数」と表すので、実際にお葬式に参列できなくても、誰かに香典を預けるならその人の数も会葬者としてカウントされます。

こうなってくると、「大きな門中に所属している」「交友関係の広い親族がいる」「社会人の親族がたくさんいる」の3つの条件が揃うと、とんでもない数の会葬者がやってくるということになります。だから、近所に住む普通の家のオジー・オバーのお葬式なのに、会葬者数が500人という、有名芸能人並みのお葬式になるというわけです。

そうはいっても、最近では新聞の黒枠広告を出さない家庭も増え、一般的なお葬式で会葬者が500名を超すことはほとんどなくなりました。

それでも、200~300名は参列するのが沖縄のお葬式ですから、事情を知らなければとんでもない規模だとビックリするはずです。

お葬式の御香典は安いけれど3回分必要

香典袋

沖縄のお葬式に参列する場合、御香典の額は平均3000円です。

もちろん、御香典の額は亡くなった人との縁の深さによって異なるため、人によっては5000円以上を包むこともあります。でも、友人の両親や親戚、職場関係などの場合は、一律3000円までが一般的です。

でも、この額には、「単に所得が低いといわれている沖縄だから」という理由ではありません。

そもそも沖縄では、お葬式の後の中陰法要にも一般の弔問客が訪れます。沖縄では、お葬式と同じくらい中陰法要を大事にする習慣があり、中でも、初七日と四十九日は、多くの弔問客が訪れます。

ですから、お葬式・初七日・四十九日の3回は、1つの葬儀として考えます。

もちろん、弔問に訪れるわけですから、御香典も必要です。そのため、1回の香典額が3000円だったとしても、3回分必要ですから合計9000円になります。こう考えてみると、本州の香典額よりも高くなります

ちなみに、お葬式だけしか参列できない場合は、通常の3000円よりも少し多めに包むというのが、暗黙の沖縄の常識です。

昔は骨を洗って納骨していた?

沖縄の昔ながらのお墓には、棺がそのまま納められるような大きなスペースがあります。

棺を安置する場所は、沖縄の方言では「シルヒラシ」と呼ばれており、昔はこの場所に棺を置き、時間をかけて遺体を白骨化させていました。

白骨化した骨は、ある一定期間が過ぎると取り出し、海の水で骨に残った肉や汚れをきれいに落としてから、改めて骨壺の中に納めていきます。これを、「洗骨(せんこつ)」と言います。

さすがに火葬が義務化されている現代では、このような洗骨という儀式にはかつてのような意味は持たず、その風習を見かけることもありません。かつては、この過酷な儀式は親族の女性の仕事とされていて、当時の女性たちの精神的な苦痛となっていました。

そのこともあって、沖縄で火葬が普及するきっかけとなったのは、こうした儀式を一手に任されていた地元の女性たちの声だといわれています。

沖縄の女性運動の走りとも言われる火葬場推進運動のきっかけが、沖縄に古くから伝わるお葬式の儀式にあったということは、今ではあまり知られていない過去の話です。